富士、富士宮、納骨堂と永代供養塔「お骨の行き先」

2019/04/19

前回お骨の行き先について書いてみたが、実は従来型のお墓の歴史はそう古くはないらしい。今のようになったのは江戸中期だという。「○○家之墓」という墓碑も天皇制を支えた家族制の道徳規範をが行きわたる明治末期からだ。

そもそも葬儀とは生と死の間の通過儀礼である。自分の父母、祖父母などについて、死後に読経をするなどして儀礼を行い、その後も年忌法要や盆、春秋彼岸をまつることが続く。先祖祭祀は「死者である自分たちの直系の先祖が、現在もこの世に生きている自分達と子孫と関係がある」という認識があってこそ成り立ち、それは同時に、単に過去を追憶する事ではない。そこで、申し越し踏みこんで考えてみると、今では火葬が100%だと思うが、お骨の取り扱いの変化が現代のお墓事情に結びつくのではないか。土葬の時代は否が応でも、土の中のお骨を大事に大切に供養したが、火葬になると暫くのあいだは外墓に土葬と同じように納めていたものだったが、そうする必要はないことが分かったこと。持ち運びが便利になったことによって色々な選択肢を選べるようになったのは間違いない。

各都道府県の火葬場でお骨一切を拾わくても可能なところがあるのに驚いたが、なかには部分収骨だけというのもある。ここ静岡のように全骨お持ち帰りが当然だと思っていたが、地域差が大きいことが分かった。「お骨の行き先の選択肢は多いが、それが本人の希望かどうか、生前に意思を聞いておくことが大事」死後の尊厳をいま一度真剣に見直したい。

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