人とは

2018/10/31

人間は本来、仏である

 子供がいたずらをして困るとよくいう。
実は子供にはいたずらはないのである。
端的にいって、子供の心は仏さまなのである。
 ある父親が語った。
ある時、よちよち歩きの子供が、いわゆるいたずらを始めた。
やさしい父親がはじめて恐い顔をして「メーッ」と叱った。
子供はふと顔をあげて父親の目を指さし、「目、目、目」と言ったというのである。
これは子供の心の中に「いたずら」という悪心はなかったという、よい証拠であろう。
 子供の障子破りは音の研究であり、触覚の訓練だと言った心理学者がいるが、確かに子供にとって、たまたま障子に手がふれて、プスッと音をたてて破れると、こちらはどうであろうかと、続いて破りたくなろう。
その破れる音はなかなか耳に快い。破るときの手の感触も新しい発見だろう。
だから子供の行為は禁止するよりも、それを建設的な方向に導くことが大切である。
障子破りには、別の綺麗な紙など与えて破らせることである。
 このことは子供ばかりではない。
人間は本来「善」なのである。
親の精神的雰囲気が、禁止的、抑圧的なものから、開放的、肯定的なものへと転化し、その雰囲気の影響によって、子供は本来持っている生命の自由を得、必ず良くならざるを得ないのである。
 それと全く同じに、人間どうし認めあい、許しあい、常不軽菩薩のように人間礼拝(人が人を拝む)にまでゆくとき、そこが極楽浄土というものである。
 それは人類のみはてぬ夢なのであろうか。
ひたすらに真実の仏性ひろまれと祈るのみ。

 

お問い合わせ

お問い合わせやご質問等についてはこちらよりお願いいたします。
また、毎月の鬼子母神講(毎月8日 午後7時)や七面さま講(毎月18時 午後2時~)へのご参加も
心よりお待ちしております。

日蓮宗 妙栄山 法典寺
〒418-0023 静岡県富士宮市山本371-1
Tel.0544-66-8800
Fax.0544-66-8550


pagetop