2024/04/26
「このほど〇〇市では、学校にある指導要録の全面開示を行なうことになりました。この開示問題は、プライバシーに対する考え方の推移と、各自の持つアクセス権ともあいまって、今後、全国的に広がってゆくと思われます。」 最近、こういった文面を目にすることが多くなってまいりましたが、ところ で「開示」とは何でしょうか。文字通り、「開いて示す」ことには違いありませんが、仏教的にはもう少し深い意味で使われてきました。「開」は開闡(かいせん)で、仏法を開きのべること、「示」は教示で、仏法を教え示すことをいいます。この世の真理をみんなに開いて見せ、これを分かりやすく説き示すことによって、本当の智慧を得させようとするものに也なりませし。仏さま力世に出てくださることの本懐は、この開示悟入にあるんですね。煩悩という障りによって眼が曇り、本当の世界が見えなくなっている私たちの目から、その曇りを払い、世界は実はこうなっているんだよ、と本物を分けて見せ、次に合点がゆくように教導して悟らせ、最後に、如来と同じ智慧の眼で物事を見られるようにする・・・そういうことです。学校の指導要録の「開示」は、仏さまの本来の「開示」とは比較できませんが、開示という言葉を使う以上、ぜひ仏さまの開示にならって行なってほしいものです。つまり、単に見せればよいというのではなく、そのことが本人のプラスになるよう考慮しなければなりません。もちろん、開示された指導要録にウソが書かれているようでは、お話になりません。学校の先生方は仏さまにならって、常に生徒を正しく見守り、正しい書き方 で指導要録を書いておいてほしいものです。娑婆(しやば)の先生はとにかく、仏さまは常に私たちの行動を正しく把握し、本来の自分に気づかせてくださるとともに、正しい世界観をもつよう、導いてくださっているのですね。ありがたいことです。
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