2024/06/28
「喜怒哀楽」という言葉は、人間の持つさまざまな感情を指す言葉として知られていますが、実は、これに続く二字が省略されているのです。六字ではあまり長くなるためでしょうか。
仏教では、「喜怒哀楽愛悪」と言い習わし、これを「六情」と称しております。これはもちろん、人間の持つ感情を六種に分類したものですね。喜とはよろこぶこと、怒はおこること、哀はかなしむこと、楽はたのしむこと、それに愛はかわいがること、悪はにくむことです。
これらの感情は、私たちの眼耳鼻舌身意の六根より生じますので、この六根 のことを六情根ともいいます。六根をとおして色声香味触法という六境を覚知 し、そのことから眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識という六種の、い作用を起こします。そして、心が喜怒哀楽愛悪という六情に揺れ動くわけですね。
もし、私たちに眼や耳や鼻が無かったらどうなるでしょう。「見る」ことから起こる喜怒哀楽愛悪は起きることがありません。「聞く」ことから起こる喜怒哀楽愛悪も起きることはありません。良い香りも臭い匂いも、私たちの感情を動かすことはないでしょう。同じように舌が無かったら、身体が無かったら、意識が無かったらと仮定すれば、やはり舌身意から起こる喜怒哀楽愛悪は成立いたしません。
平家物語に「六情不退にして慈尊の出世をまち給う」の句がありますが、私たちは六根をキチンと守備して、へんな情報を意に取り入れることなく、へんな意識、へんな考えで心を乱してしまうことなく、六情に振りまわされて 自己を見失うことのないように暮さねばなりません。
自分の六根・六境・六識(十二処十八界)を治めるものは自分の心であり、自分の心を治めるものも自分の心です。
自分の心に心して、毎日を生きることにいたしましょう。
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