富士、富士宮、納骨堂と永代供養塔「石のお墓とは違う」

2019/04/13

こういうお墓に出会って佳かった。石で出来たお墓しか知らない、しかしそれを持つことに不安を感じたEさんはそう言って微笑んだ。

Eさんは人の生き方に関して、「人生って偉くなるためにあるのではなくて、その人がその人らしく生きるためにある」という。流石に経験深くいうことに味があるものだと思った。そもそも一生に一度の人生なので楽しく、おもしろく生きるためにあって、偉くなるためではつまらない。偉くなるために時間を束縛されたり、なんとなく、人の顔色うかがって忖度し続けて生き抜くことは、人のための生き方でしかない。自由に生きることが極みだ。とは云えそれは時と場所によって、間違えた自由を表現するとそれは不自由だったりする。IS国に入るのジャーナリストや戦場カメラマンなどは視線が複雑で、本人は自由を見つけてそこへ入る、束縛されれば一気に地獄であるし、ある意味多方に迷惑をかけることにもなる。自由基準が難しい。

されどやはり自由に生きることが許される国、場所、組織であればそのなかで「生きがい」を持ち生きることが一大事である。会社のため、家族のため、子供ため、ご先祖のためでもいい。このような純粋な生きがいこそ人生として一番大切なものである。当山法典寺では、現代の人のために、ご祈祷をしてこの世の安全と幸福をお祈りし、亡くなられた霊位には毎日必ず欠かすこと無くご回向をしております。お墓といえば、自由にデザイン設計をした清潔な室内墓を用意して、永代供養塔も併用しております。ご自由にご覧下さい。恐々謹言

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