三途の川

2025/01/17

 三途の川は、<人が死んで冥土へ行く途中で渡る川>であるということは、皆さまもご存知ですね。この世とあの世との境にはこの大河があり、初七日になると亡者はこの川岸に達します。この川には緩やかな流れ、急な流れ、中くらいの流れの三種の瀬があり、生前に作った業に応じて渡る場所が決 められます。
 また、善人は舟で渡ることもできますが、その舟賃が六文という俗信もありますね。さらにこの冥土側の河原には「賽(さい)の河原」があり、子供のうちに死ぬとこの河原で苦しみを受けると言われています。父母や兄弟のために石を積んで回向塔を作ろうとすると、鬼が出てきてこれを崩し去つてしまいます。何度やっても完成するということはありません。この俗信から、いくらやっても完戒するあてのないことを「賽の河原のようだ」というようになりました。しかしその子供たちも、やがてはお地蔵さまに救われることになります。 そうこうして三途の川を渡れば冥土です。向う岸には閻魔大王が待っており、三十五日にはお裁きを受けて、次に生まれる処が決まるのだそうです。地獄行きか極楽行きか、あるいはまた人間界へ生まれるか。「地獄の沙汰も金次第」などという言葉がありますが、それは人間界から見た話で、本当の地獄の沙汰は公明正大です。公明正大だから、自分を省れば自分の受ける裁きは生前からわかるはずです。ですから信心深い人々は、もし渡り着いた岸が地獄だとしても、大王の裁量によって極楽へと送り届けられるように、善を積んでおくことを心がけたのです。
 さて、「三途の川」や「賽の河原」のお話をどう受け取るかは、あなたの心次第ですが、仏の教えるところでは、本当の向う岸とは仏の浄土のこととされています。向う岸へ渡りきって、彼岸の覚城に到り、自分もまた成仏して仏さまの仲間に入ることが、仏教の示す理想といえましょう。
 仏の教えについて考えるためにも、私たちは生と死についてじっくり思いをめぐらせてみたいものですね。

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