先祖・子孫

2025/09/26

「先祖」や「子孫」と聞くと、どこか遠い存在のように感じる方も多いかもしれません。でも、よく考えてみれば、一番身近な先祖は“親”であり、一番身近な子孫は“子ども”です。
私たち一人ひとりの中には、数えきれないほどの先祖の命が凝縮されて息づいています。そしてその命は、未来の子孫へと受け継がれていく可能性を秘めています。 つまり、私たちは「先祖」と「子孫」をつなぐ“原点”であり、“架け橋”なのです。
 先日、テレビで「結婚を望まない未婚女性が増えている」という話題が取り上げられていました。 女性の自由や権利が尊重されるようになった一方で、結婚のデメリットばかりが強調され、「結婚=幸福」という図式は崩れつつあるようです。
 結婚しない女性が増えれば、当然結婚できない男性も増えます。結果として、家庭の断絶や子どもの減少につながっていくのは避けられません。
 私が不思議に思ったのは、その番組の中で「先祖」や「子孫」という言葉が一度も使われなかったことです。現代では、結婚とは「自分の幸福」だけを基準に判断するものになってしまったのでしょうか。
 もし仮に、日本中の未婚女性が「結婚は必要ない」と考えたらどうなるでしょう。先祖から子孫へと続く命の歴史は断絶し、性に関する社会秩序は混乱し、やがて老人が消えた後の日本には何が残るのでしょうか。
 子どもは家庭の宝であり、日本の宝であり、世界の宝です。自然界の生物たちは、命をかけて子孫を残そうとします。私たち人間も、そこから学ぶべきことがあるのではないでしょうか。
 「先祖」や「子孫」という言葉は、仏教語というよりも日本的な土着のニュアンスが強い言葉です。 しかし、先祖供養をし、子孫繁栄を祈ることは、仏教寺院の大切な役割の一つでもあります。だからこそ、これらの言葉をもっと仏教的な視点からも見つめ直し、現代社会においても語り継いでいくべきではないでしょうか。
 私たちは、自分一人で生きているのではありません。先祖から受け継いだ命を、未来の子孫へとつなぐ存在です。結婚や家庭、命のつながりについて、もう一度立ち止まって考えてみること──それが、現代を生きる私たちにとって大切な“修行”なのかもしれません。

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